十一番札所 平等山 龍眠寺
龍眠寺 縁起
龍眠寺は山号を平等山と称し(又の名を安穏山)焼津市坂本の曹洞宗林叟院の末寺である。草創は103代後土御門天皇在世の明応5年(1496)樹木ヶ谷(現沢上町)の地に、開祖大樹宗光禅師の初開道場として建立。今から500有余年前先師賢仲繁哲禅師を勧請開山とした。爾来寺は横須賀2代城主大須賀出羽守忠政母堂追福の為、一宇の建立を念じ現在地に寺領を賜り移築した。寛永10年(1634)不幸にして山火事により、堂宇、古文書、宝物など全て焼失寛永18年(1641)再建。その伽藍も腐功甚だしく昭和56年(1981)現本堂を新築現在に至っている。また、龍眠寺は横須賀城主西尾家歴代の墓所として天和2年(1682)信州小諸より13代城主として西尾忠成(一万五千石)が入府、以来二十代城主忠篤の明治初年までの安定した時代の庇護のもとに栄えた寺院である
ご本尊聖観世音菩薩は頭に宝冠を戴き、身に天衣を着し、種々の瓔ラクで装身し左手で蓮華の蕾を持ち、右手でその花弁の一片を開かんとしている。この左手は即ち衆生界、右手は仏者であって、容易に開かない衆生の煩悩心を仏が開かしめるという形を表現したものである。